20年前不登校だった私が体験談を語るブログ(仮)

「行きたくない」を「生きたくない」に置き換えて

「そんなに親を悲しませて何がしたいの?」という不思議な質問が凄い腹立つ ~不登校になった直後の事~

不登校になった直後、一番気がかりだったのは自分の事ではなく「我が子が学校へ行かない」という青天の霹靂が受け入れられず錯乱状態になっていた母親の事でした。

母親は、学校へ行かなくなった我が子を前に、錯乱状態で毎日毎日自分を責めていました。

その動揺ぶりは、不登校という世間の常識から逸脱した行為を行っている私ですら(常軌を逸してるな・・・)と思うほどで(もしかしたら母親はこのまま自殺するんちゃうかな)とも思いました。

うちは戸建で2階に自室を与えられていたので、基本的には1日中自分の部屋に居ましたが、母親の事が心配で、夕方になると必ず1階まで音を立てずに降りて行き、リビングの電気が点灯しているか否かで母親の生存確認をしていました。

 

ある日の夕方、リビングを覗くと

普段は電気が灯っているはずの家中が真っ暗

ヤバイと思った私は母親の捜索開始

暗闇で耳をそばだててみたところ、お風呂場付近からシクシク・・シクシク・・というすすり泣くような声が・・・

脱衣所を覗き込んだら、閉め切っている真っ暗なお風呂場の扉の向こうにどうやら母親がいる模様。

(とりあえず声で生存確認出来たけどお風呂場で泣くってどういう心理状態・・・これはこれで怖い。)

とビビりながらもお風呂場の扉を開けたら、お風呂場の床にうずくまった母親が

「全部お母さんの責任なのどうのこうの(←忘れた)ごめんねごめんね」と言いながら泣いていて、その周りを当時飼っていた犬が心配そうにウロウロしていて、うわぁ・・と思ったけどまあ死んでなくて良かったよね、うん。なんて思いつつ呆然としていたら

最悪なタイミングで父親が帰宅。

 

一連の状態の私達を見た父が、私をリビングに連れ戻し、私に一言

 

「(みつまり)は何でそんなにお母さんを悲しませたいの?そんなに悲しませて何がしたいの?」

 

いや、お父さん・・・違いますそれは違いますお父さん、私がお母さんを悲しませたいなんて思ってる訳無いでしょ、むしろ自分の事より心配なんですよ、なぜそんな事を言うのですか?

ていうか私が学校に行かない事の何がそこまで悲しいのですか?具体的にどういったところが涙を誘う感じなんですか?不思議とか物珍しいとかずっと家にいるから邪魔とか目障りとかなら何となく分らなくはないんですけど、なんで「悲しい」のですか?

 

貴方がたは私が学校に行かないと言っただけでそうやって2人してなぜそんなに私を責めて悲しませるのですか?

 

3人しかいない家庭で、しかもこちらは子どもですよ

私があなたの目の前でこうして泣いたって、あなたは母親の味方でしょ

なぜいつもいつも母親の味方に付くのですか?

 

2対1でタッグを組んで絶対的に立場の弱い人を責めて、逆に、あなた方は何をしたいんですか?

 

答:学校へ行かせたい。

 

なにこの禅問答

この頃は、何かに憑りつかれたかのように「学校学校」という大人に囲まれこの世にこんな人間しかいないなら私はこの世では生きていけないなと本気で思っていました。

 

『学校へ行くことだけが生きる全てではない。』

そういう考えを持っている人がいる事、同じような経験をしてきている人達が、本当は沢山いたのだという事を知るのは、ここからずーっと先のお話。

 

 

挫折を強みに弱さを優しさに ~故・金馬宗昭先生に捧ぐ~

不登校だったみつまりですどうもこんばんは、初めましての人は初めまして。

 

こちらのブログは、20年前に不登校だった私が現在絶賛不登校中もしくは超絶引きこもりまくりな貴方や不登校のお子さんをお持ちの貴方、自分も昔不登校だったよっていう貴方に向けて書いています。 

 

本日は、記事タイトルの通り昨年末に他界された恩師についてお話したいと思います。

個人的なFacebookに掲載した文章を加筆修正したものです。

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なぜ良い人ほど短命なんでしょう

いえ、そんな事頭では分かってるんです

でもなんでこうなるのかな、って。 

 

15歳で不登校になり

「学校大嫌い」「教師は利用してなんぼ」

なんて思っていた私が後に恩師として生涯慕う事になった方が、他界されました。

 

ご自身が人生の中で大きな挫折を経験し、ひきこもりとして苦悩してきた体験を、その後の人生の中で最大限に活かして来られた方でした。

 

私達のような「人生ドロップアウト組」を受け入れてくれるような場所がまだまだ少なかったあの頃理解してくれる大人なんて居なかったあの頃に

 

ふと現れて、気付けば
隣に静かに寄り添ってくれていたような人でした。 

 

通信制高校の非常勤講師から教頭を経て、不登校や引きこもりの当事者と、その家族を支援する事業所を立ち上げたばかりで

遺作となってしまった
不登校 ひきこもり こころの道案内』は

昨年の7月が初版で


きっとご自身の中でも、人生まだまだこれからだったのではないかなと思います。

 

数年前に伺わせてもらった『不登校引きこもり親の会』という所で開催された講演会で、先生は自身の経験を語り、現在苦しんでいるであろうまだ出会っていない人達の心を想像し、堪え切れずといった感じで溢れる涙を抑えながら「お子さんがたの辛さをどうか分かってあげて欲しい」と訴えるようにお話されていたのがとても印象的でした。

 

当事者だったからこそ分かる、当事者にしか分からない辛さに寄り添う事の出来る、強さと弱さと途方もない優しさを内に秘めているかたでした。

 

通信制高校在学中
根っから人が集まるところ嫌いのひきこもり体質だった私はバイトだの何だのでまともに通学する事なく、先生にとって私は育て甲斐のない生徒だったと思います

 

一期生として初めて関わった日から、年を重ねるごとにお忙しくなっていった先生にとって、私は何百人何千人と出会ってきた生徒のうちの一人でしかなかったと思います

 

でも、私にとっては
人生の要所要所でふと顔が見たくなるような、そして、数年ぶりに会いに行ったら私の事をちゃんと覚えてくれていて、いつも変わらない笑顔で迎えてくれる
そんな人でした。

 

毎年送ってくださる年賀状には
「元気ですか?また会いたいね!」と
必ず一言を添えてくれていました。

 

通信制高校時代に同級生が他界し、その知らせを聞かされた後、皆が散り散りに教室を出ていく中、まだまだ幼くて、あまりの驚きとショックで涙が止まらずいつまでもその場から動く事が出来なかった私に
「僕も知った時は凄くショックでね・・・」と
私が泣き止むまで、自分の胸の内を語りながら長い時間ずっと傍に寄り添ってくれていたのも先生でした。

 

なんだ、私と一回りも離れていなかったんだなぁ・・・

とか

 

ああ、先生と私が出会ったのは先生が28の時だったのか、あの時の先生は今の私より9歳も下だったんだなぁ・・・

とか

 

生徒の成長も楽しみだっただろうけど
一番の楽しみは、これからまさに
自分が見てきた生徒達と同じ年頃に差し掛かる
息子さんと娘さんの成長だったんじゃないかなぁ
とか

 

回想し始めるとキリがありませんが
先生が他界した衝撃や哀しみを分かち合える友人がいるのも、あの頃、あの場所にいた先生達が私達の関係を繋いでくれたお蔭なんだろうな、と。

 

私は「亡くなった先生の分まで生きる!」
なんて宣言できるような人間ではないし、いまだに人生迷走中ですが

 

弱い分だけ優しくて強かった先生をお手本の一つとして、これからも人と関わり残りの人生を歩みます。

 

先生、また会いたいです。

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金馬先生の生前のご活躍は、私がこのブログを始めようと思った原動力の一つであり、こちらの記事に書いた想いは自分なりの弔いでもあります。

 

というのも、先生が他界された後、有志の方々により先生を偲ぶ会が開かれたのですが、これだけの長文をつらつらと綴っておいて何なんですけれども、当然行く予定にしていた私は当日になりまさかの「理由特に無し」で欠席。

 

自分でも何なのマジアリエナイという感じですが、そんなぐだぐだな部分も含めて自分なんだなと受け入れて、今の自分に出来る事をしていきたいと考えています。

 

世間はお盆という事で、だからという訳でもないのですが・・・僭越ながら、この記事を通して生前の先生の情熱がどなたかに伝われば嬉しく思います。

映画『嫌われ松子の一生』についての個人的解釈

不登校児で現けきぺろ共同ブロガーのみつまりですこんばんは。初めましての人は初めまして。

本日は、こちらの映画の解釈を記事とさせていただきます。不登校とあまり関係がないように見えますが、こちらの作品は「多数派からの逸脱、家族との関係性、未発達な自己肯定感・承認欲求、生き辛さ」という不登校と共通するキーワードが多く含まれています。

嫌われ松子の一生

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監督:中島哲也 主演:中谷美紀
原作:山田宗樹(未読です)
※ネタバレ含みますご了承ください。

あらすじは、タイトルの通り松子という女性の一生を描いたものです。もう少し詳細に言うと、いつも一生懸命なのに生き方が下手なあまりに七転八倒する女性の転落人生を描いたものです。

ライブDVD以外はほぼレンタルで済ませるっていうか一度見た作品は付き合い以外では二度以上見る事のない私ですが、この作品は愛蔵版を購入したほど好きな作品。邦画の中で一番好きな作品です。

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でかい

この映画を鑑賞後に閲覧したレビューでは「松子は沢山の人に愛を与えた」との感想が多く見られました。あと「最後の最後で本当の愛を見つけた」とか。
私の感想としては「うーーん、松子の一生があまりにも凄惨だったから美化してあげたい的な心理が働くのかな・・・。」という感覚で。

以下、個人的な解釈です。


松子は「沢山の人に愛を与えた」のか?

確かに過去を振り返ればそうかも知れません、ですが、それは決して松子がマザーテレサのように慈愛の心に満ちていたからではありません。

沢山の異性と関わりながら・・・端的に言うと男をとっかえひっかえしながら生きる事となった結果論です。

松子が愛を与えた理由は「愛を与えてもらいたかったから」彼女は常に愛情の見返りを求めていました。

松子はどうしようもないくらい愛情に飢えていた女性だったのだと私の目には映りました。そして、愛され方を知らない女性でもありました。

 

致命的な父親との関係

その全ての根源は、父親との関係性にあります。
家族の(特に父親の)関心は、幼い頃から病弱だった妹にすべて注がれ(ているように松子には見えた)、何をしてもどんなに頑張っても結局は妹に向かう父親の関心、報われない想いに対する失望。

松子の心は満たされずに育ちます。

「このようにすれば人から愛されるのだ」という成功体験を経ていない為、愛してもらう方法が分からない松子。

松子の愛情の飢えは、例えるなら砂漠に置き去りにされ遭難している人のようなもの。
砂漠で遭難中の人にコップ一杯の水を与えただけではどうにもならないのと同じで、愛情を渇望している松子の心は、その他大勢の中の1人として愛される友情のような関係性では満たされないのです。
他者に対して「父親に求めていたレベルの愛情」を求めます。
そうでないと松子の心は満たされないのです。

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松子が父親を独り占めできたひと時

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それは夢のようで

 

他者との距離感がわからない松子

自然な成り行きとして松子は「相手にとって自分1人だけが特別な存在」として成立しやすい異性との恋愛に溺れて行きます。

誰かに愛されたくて愛されたくて愛されたくて、自分を愛してくれさえするならそれこそ誰でもいい。暴力を振るわれようが愛人的ポジションだろうが暴力団員に謎の密売の役を買わされようがなんでもいいただただ愛してくれさえすれば。

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蹴られても

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殴られても

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もう何が何だか分からなくても

「愛される」という経験を知らない愛され方を知らない松子のたゆまぬ努力は当然ながら全てが場当たり的で空回り。

松子は作中で『なんで?』という言葉を何度も呟きます。

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なんで!

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なんで?

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なんで

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なんで・・・

そもそも他者が「父親の代わり」になどなれる筈無いのです。

頑張っても頑張っても上手くいかない松子は徐々に自暴自棄になって行きます。

私の周りでよく「適切な距離の取り方が分からない人」という表現を聞きます。

おそらく私もそう形容される一人ですが、その様な人には大体これに似通った背景があると考えます。

 

自分を愛する為に必要な事

『自分で自分を愛してあげよう』と言うアドバイスをたまに耳にします。

しかしそれが出来るのは、ある程度他者との相互関係で自己肯定感が育ってからの段階の話であり、地盤に「自分はありのままでも価値ある存在なんだ」と感じる体験があってこそ。

少なくとも作中の松子の心中に関しては、そんな余裕は皆無でした。

周囲から手が差し伸べられ、松子自身がその手を握り返そうとする頃にはもう時すでに遅し。この作品は実に現実的な幕引きを迎えます。私はこの救いの無いラストも含めてこの作品が大好きです。

 

ここからネタバレ大オチ

松子の人生の幕引きとは別で、後半に作品としての大きなオチがあります。

この作中で2時間に渡って語られる松子の人生ですが、その松子の部分の語りの全ては晩年の松子が自分で紙にしたためていたものだったのです。一体誰に宛ててしたためているのかと言うと、晩年に松子が愛したたった一人の人・・・。

そう光GENJIの内海くん」です。

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そう、内海くんです

勿論、ただのいち視聴者でありファンです。

その内海くんに「自分の人生について知ってもらいたいから」と言う理由で、膨大な量の手記を綴り(多分ジャニーズ事務所に)送ります。

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この量しかも手書き。松子は知ってほしいの。

この大オチは実に秀逸で松子の常軌を逸する程の承認欲求の強さがコミカルかつ非常に的確に表現されていると感じます。

 

まとめ

この壮絶な物語を、この色使いでこの世界観で、時にコミカルに時にはMVのようなスタイリッシュなテンポの良い場面展開で、壮絶なリアリティとその対極にあるファンタジーを絶妙に織り交ぜて描ききった中島哲也監督

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↑これからの、まさかのこれ↓のコントラスト

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僭越ではございますが、称賛の意をこめて以下の言葉を献上いたしたいと思います。

 

『狂ってる』

 

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この、愛されたかったのに愛されなかった愛すべき松子の一生

ここまで読んで下さった方がもしいたならば、大オチを知ってしまったかと思いますが、文章では描き切れない部分が多分にある作品ですので、興味が沸いた方がいらっしゃれば是非。

「行きたくない」を「生きたくない」に置き換えて~元不登校の人間より、周囲の人達へ~

人間って本当は夜行性じゃないのかなと密かに思っているみつまりですどうもこんばんは、初めましての人は初めまして。

こちらのブログは現在絶賛不登校中もしくは超絶引きこもりまくりな貴方や不登校のお子さんをお持ちの貴方、自分も昔不登校だったよっていう貴方に向けて書いています。

本日は、当ブログのサブタイトル

「行きたくない」を「生きたくない」に置き換えて

についてお話したいと思います。

 

9月1日は『子どもの自殺が一番多い日』という事を皆さんはご存知ですか?

futoko.publishers.fm

www.huffingtonpost.jp

 
これらの記事によりますと、毎年9月1日に100人以上の子どもが自殺で亡くなっているとの事。

それがいじめによるものなのか機能不全家族なのか虐待なのか、何が理由かは明確にされていませんが、原因が学校の登校日初日である事は間違いありません。

私がこちらのブログを開設したのは

自分の命を懸けてまで学校に行きたくないと考えている人の気持ちが分かるからです
私もそうでしたから。

 

学校に行かない

 

たったそれだけの選択・行動で、その子を取り巻く環境の大きな変化、周囲の無意識に発せられる心無い言葉に呑まれ、本人に対して手のひらを返すような周囲の人達の対応に深く傷付き自らの命を天秤にかけてしまう程追い詰められる状況というのが本当に存在します。 

 

不登校の人と対峙した大多数の人がまず考える事は
『なぜ行きたくないのか』『なぜ行けなくなったのか』『どうすれば行けるようになるのか』という事かと思いますが

本人も周囲の人もまずは「登校」や「通う」や「学校」という言葉から解放される事が先決です。

 

多くの保護者がこのような事を言います

(そうは言っても、もし学校から離れる事でそのままずるずる引きこもりになったら・・・)

(学校行かないと将来絶対苦労すると思うし・・・)

(親として子どもの幸せを考えるなら無理にでも学校に行かせるべき)

これらの言葉は、笑い話の一節『健康の為なら死んでもいい。』を本気で言っているのと同義だと私は感じます。

『将来の為に今死ね』と言っているように聞こえます。

冒頭にご紹介した記事にある通り、自殺者数が数字となって証明されているのが現実です。

 

子どもはまず、家庭というコミュニティで社会の第一段階を学びます。その第一段階の世界がほぼ全ての子どもにとって、親の言葉の影響力は絶大なるものです。

学校に行かない事に関して親に気苦労を掛けるだろう事くらい本人は十分なほど分かっています。態度に現れていないように見えても、心の中は痛いほど、それこそ死にたくなる程理解していると思います。現時点で色々な事が上手くいっていないのですから、将来に対する不安だって底無しです。

そこへ「学校に行かなければ将来経歴に傷が云々、そんなに親を悲しませて何がしたいの云々、あなたの為に云々」という言葉がけは、傷に塩を刷り込むどころか抉るようなもの。

本当に子どもが死んでしまっても良いのですか? 

これを読んで下さっている方がもし不登校になっている子の親であるなら、お子さんが生まれた時を思い出してください。

私は子どもを産んだ経験が無いので、想像でしかない上に差し出がましい物言いかも知れませんが、お子さんを出産した直後の気持ちは『生まれて来てくれた』その事実だけに感動し、感謝し「とにかく無事に育ってくれさえすれば」みたいな事を考えませんでしたか?

しかし今はいかがでしょう

「とにかく無事に育って(そして優しく、明るくという程ではなくても良いけどなるべく陰気ではない感じでなるべく健全な友達に恵まれ人を傷つけず迷惑もかけず非行に走らず学校に行き適度に運動もして身心ともに健康で出来れば大学まで出て安定した職に就き自立して適齢期に結婚をして孫の顔を見せてくれて出来れば自分達の老後には多少介護的な事をして)くれさえすれば」じゃないですか?

子どもが死んでしまってはじめて「ただ無事に生きてくれてさえいれば」と思っていた気持ちを思い出しても遅いのです。

とはいえ私の親は、こちらの記事にも書いた通り

onorenomai.hatenablog.com

『学校行かないくらいなら死んでくれた方がマシだ』と本気で思っていたようですし、今も恐らくそのような気持ちなのかなと思いますので本気でそう思うなら否定はしませんが・・・。

 

当ブログのサブタイトルを『「行きたくない」を「生きたくない」に置き換えて』にしているのは、その様な理由からです。

外がなんかスコールみたいになってる

外が今日のような荒天の日は「家に居る大義名分が出来るので安心する」けど、こういう日に限って職場なうな元不登校児だった引きこもり気質のみつまりですこんばんは、初めましての人は初めまして。

本日の大阪は台風5号が上陸しまして外がスコールみたいになってます、大阪って地震も災害も殆ど無いのでこんな台風珍しいです。
という至極どうでも良い事をあんたはわざわざこちらに書きに来たのかと問われたら「ええそうです」としか言いようが御座いませんすみません。

ついでと言っては何なのですが、今一度こちらのブログの趣旨を説明させていただきますね。

こちらのブログは20年前に学校へ行かない道を選択した私が自身の不登校の体験談を語るブログです。

が、思いついたり思い出した事を順不同で掲載しております。
その為、初めに簡単な経歴を書いただけで「不登校になった詳細な原因」や「そこからどういうきっかけで再び外に出る様になったのか」等まだ書けていないし、それ以外の事も思い出した順に自由に書いていく予定ですが、ゆるゆるとお付き合いいただければ幸いです。

それでは、関西地域で今からご帰宅される同士の皆さんの健闘を祈ります。家に引きこもっているかたは応援よろしくお願いします。

ジークジオン!