20年前不登校だった私が体験談を語るブログ(仮)

「行きたくない」を「生きたくない」に置き換えて

学校へ行くか死ぬかの二択を迫られている人達へ ~元不登校の私より~

中学3年生の頃に不登校になったみつまりですどうもこんばんは。初めましての人は初めまして。

身近な小学生に聞いたのですが、最近は夏休み期間が学校によってバラバラだとか・・・とすれば、登校日も9月1日ではなくなってきているのでしょうか?それとも登校日は一緒で夏休みの始まる日が遅くなっているのでしょうか?

もしかしたら、明日が登校日の人もいるのでしょうか?

このブログの初投稿の記事に書いた通り、GWとこの夏休みの時期には毎年、学校に行きたくない人が「学校行きますか、それとも死にますか」みたいな二択を真剣に考えてしまっているのではないか、と、心配になります。
なぜそんな事を考えてしまうのかというと、学校に行かない事を選択した20年前の私自身が、当時本当にそのような事を考えていたから・・・いや、考えていたというよりは、そういう選択を周囲に迫られていたからです。

onorenomai.hatenablog.com

こちらの記事にも書いた通り9月1日は子どもの自殺者が最も多い日だそうです。
このブログは今後も細々と続けていくつもりですが、ひとまずは、この9月1日を目途にして、少しでも今現在生きるか死ぬかの二択に迫られているご本人やその周囲の誰かにメッセージが伝わればとの思いで開設ました。

 

学校行く?それとも死ぬ?

私自身の経験を元にすると、この言葉というのは大袈裟でも何でもなく、学校でいじめに遭っている子や不登校気味の子って8月に入った時点で既に気持ち的には9月の登校の事をずーーーーっと考えていて、8月末日にもなると

「さて明日はいよいよ登校日で御座いますが、正直このまま休んじゃいたいけどやっぱりダメだよね・・・行かなかったら親が悲しむし今後もっと行きづらくなるしクラスで目立っちゃうし近所でも噂に(中略)ならば死ぬべきか。」

というような、冗談のような二択を本気で自分に強いています。

学校に行かないという選択だけで、悲しませたくない人が悲しんだり、親に寝込みを襲われ殺されかけたり(↓詳細はこちら)

『不登校=親が甘い』という考えが甘すぎる件 ~不登校サバイバー~ -

知らない人の家に監禁されたり(↓詳細はこちら)

学校に行かなくなったら知らない人の家に監禁された話 ~内観療法~ 

周囲から排除されたり、異質なものとして見られ、具体的には友達の親から「不登校が伝染したら困るからうちの子と遊ばないで」と言われたり。私の周囲の不登校経験者にも同じような経験をしている人がいるので、実際にその様な経験をしたり、そんな風になる事を予見した子が耐え切れずにこの世を去ってしまうのではないかなと私は想像します。
そして、私はそんな人達を何とか引き留められないかと考えています。

↓こちらの記事にも書いてあります。

futoko.publishers.fm

不登校新聞さんは、毎年この呼びかけを行っていらっしゃいます。

futoko.publishers.fm

 

個人的二択の回答

さて、中学3年生で不登校になり30代後半になった現在、平和に生きている私といたしましては、学校行くか死ぬかの二択問題の答えは
『学校行かない』の一択です。実際私はそちらを選びました。
と言われたところで、きっとこれをご覧になっているかたは
「そう言われても、あんたにとっては昔の事なんだから言うのは簡単だろう。」
「他人事みたいに言うのは簡単だけど、実際その後どうすりゃいいの?」
と思われるのではないかと想像します。
ですので、私の現在持っている知識の範囲内で学校に行きたくない理由別・学校に行かなかった場合のその後の生き方を纏めましたので、以下ご清覧いだけますと幸いです。

 

学校行きたくない理由がイジメ編

もし学校に行きたくない理由が「イジメに遭っている」であれば全力で逃げましょう。

逃げたら負けな気がするとか、逃げた事をまた笑いものにされたらなどと考えるかも知れませんが、あなた(ってもはや誰に対して喋っているのか分かりませんが)のコミュニティなんてショボいもんです。

学校が好きでどうしても行きたいなら別ですが、実際はそうでもなくて、でも親を困らせたくはないし皆行ってるし何となく行かないとダメな気がする・・・。という理由なら、あなたの親を困らせているのは貴方ではなく貴方をイジメている相手ですので全速力で逃げましょう。

毎日のように紛争や災害や犯罪で命を落とす人がいて、命にかかわる病気を抱えながら懸命に生きている人が沢山いるこの世界で「○○中学の△って奴が学校来なくなったんだけどwww」という話題なんて正直そこのコミュニティの人以外誰も興味無いです。

コミュニティ内だって、下手したらそこの中の多数が(仲間外れにされたくない)とかいう理由で仕方なく付き合ってる事も少なくありません。

もし暴力を振るわれていたり(言葉の暴力も含む)金銭を要求されていたりするならそれはもう犯罪ですので大人を巻き込みましょう。

具体的には、私ならばそうですね・・・例えば警察に話す、都道府県の教育委員会に電話する、それらが相手にしてくれなければその上の文部科学省に連絡。それでも無理ならその全てを録音しておいてマスコミに話しますかね・・・。相談ではなく巻き込むのです。

「いやお前、ここまで書くならもっと具体的な相談先教えろっていうかお前が相談に乗れよ。」と言われれば、ええそれはもう仰る通りなのですが私はいち経験者でありここは私の体験談を伝えるブログです。専門家ではありませんので相談には乗れませんご指摘本当に有難うございます(←これが逃げ方。現代で言うスルースキルってやつですね)

学校休んだ後どうすれば良いか分からない編

学校休んだ後どうすれば良いか分からない人、バイトはどうでしょうか。
年齢や精神的にバイトが無理ならボランティアを募集している団体も沢山あるのでボランティアという選択肢もあります。
ボランティアといっても人の為にしなければならないと言う訳ではありません、自分の為です。ボランティアは善行でなくても良いと私は思っています。家庭と学校以外に自分の所属先を作る事が目的です。
人の目が気になって、人が怖くて外に出られないなら、今は無理に出なくても大丈夫です。
ただ、あなたの所属できる場所は学校以外にも沢山あるという事だけ知っておいてほしいです。
これについては、いつか関西地域のご紹介できる先をこちらのブログに掲載出来ればと考えています。

学歴が必要だと思う編

『大手企業に勤めたくてその為にはまっさらな学歴が必要』だという人。

現時点で学校という社会集団に疑問を感じているのに一度も挫折をした事の無い人しか雇わない(そういう人達しかいない)企業や団体に所属した自分を想像できますか?しんどくないですか?

いや、もちろんこの年にもなると、年収1千万越えとかの、とんでもない年収格差がある友人もいるんですけどね・・・しかし学校に通った人が全て数千万円数億円のマンションに住めるかと言ったらそうでは無いですし、大学まで出てても何やかんやで生活苦に陥ってる人もいます。

私は通信制高校卒ですが、同級生には美容師の専門学校に進み、美容師になって現在は経営者としてヘアサロンを全国展開している人もいますし芸大に行って夢を叶えた友人もいます。

元不登校児は今 〜学校へ行かなかった大人達〜 

どうしても王道学歴レールで行きたいと考えているならそれは私には出来なかった生き方なので、それはそれで凄い事だと思います。

将来の夢が学歴必須編

『自分の将来なりたい職業の資格が学歴必須』という場合もありますね。

でも、今なら単位制高校も沢山あるし、大検からの大学受験も可能です。

昔「37歳で医者になった僕」というドラマがありまして、タイトルの通り30代後半で内科医になった人のお話だったのですが、実話を元にしているそうです。

37歳で医者になった僕〜研修医純情物語〜 - Wikipedia

という事は、将来医者になりたい場合、30代から動いて間に合うという事が実証されています。
要するに何が言いたいかというと、今あなたがいるその学校が全てではないという事。
少なくとも、生か死かを選択するに値するほど重要なものではないはずです。
私には「協調性が無い」「集団行動が苦手」などの特性がありますが、それは学校に行かなくなる以前からの特性であり、学校にそのまま行っていたところで改善していたとは思えませんし社会に自分の内面を合わせて行くより「ありのままの自分」を認めてもらえる社会の方が、自分らしく生きていき易いと思うのです。

 諦める・辞める勇気

大丈夫です、貴方が学校に行かなくなって親が困る理由なんて「社会に対する体裁」以外無いのですから(もし保護者のかたがご覧になっていたらごめんなさい)。

親の顔色を気にして生きるなら親の期待は底無しだという事を知っておいた方がいいです。今無理して学校に行ったとしても、その事については何も評価はされず「もう少し成績が良ければ。良いお友達に恵まれれば。良い進学先へ。」と続き、学校を頑張って卒業したらしたで「安定した就職先へ」という期待が待ち構えています。

そして「そろそろ結婚は?」となり結婚したらしたで「孫の顔が見たい」と言われます、この類の期待は永遠に終わりません。

自分の全人生を掛け命を懸けてまでそれに付き合う覚悟があるなら、私は決してそれが悪い事だとは思いませんし、私には出来ない生き方なので素晴らしいと思います。

弱みを強みに

社会には正規ルートから外れた道を選択して現在に至る」という部分を評価してくれる人もいます。

私がこんな風に「学校なんて行かなくていいよ!」と声を大にして言えるのも、実際に私がその道を辿ってきた「元不登校だったから」であって、普通に何の不都合も感じる事なく学校に行っていた人生なら不登校に悩む人の心は分からなかっただろうし、分かりたいと思っても「お前に何が分かるんだ」と言われたら返す言葉も無かったと思います。

私は非常に自己肯定感が低い人間ではありますが、こんなありのままの自分でも良いんだなと考えられる様になったのはこの20年の歳月でありのままの私を全力で肯定してくれる人達との出会いに恵まれたお蔭です。もし、貴方の周囲に貴方の行動を肯定してくれる人がいないというなら、ここのブログに来てもらえればと思います。

私はこちらのブログで学校に行かない道を選択した貴方の生き方を肯定し続けます。

あと、この記事の中盤で私自身は直接相談には乗れないと書きましたが、ツイッター(プロフィールの所にリンクあります)やってますのでそちらへ気軽に声をかけていただければと思います。ツイッターやってない人や、出来ない年齢の人はコメント欄(非公開)にメールアドレス等書いていただいたら出来る限りご対応します。

 

周囲の人へ

onorenomai.hatenablog.com

以前こちらにも書きましたが
周囲の大人達も、身近な子が学校へ行かなくなったら
まずは「登校」「通う」「学校」「スクール」という言葉から解放される事が先決だと思います。
当事者は周囲の心の機微を非常に敏感に感じ取っているものです。
不登校当時の私は「あれ?今日は学校休み?」という大人にしてみればどうという事でも無い質問をされる事を極端に恐れ、周囲に不登校が知られてしまうのではという不安から平日の日中には外を歩く事も出来ませんでした。
しかしながら、そこまで極度に不安を感じていた発端は、やはり「学校へ行っていない=異常な事」という社会の認識を周囲の対応から感じ取っていたからだと思います。

「行きたくない」という言葉を
『生きたくない』に置き換えてみてはいかがかと思います。