20年前不登校だった私が体験談を語るブログ(仮)

「行きたくない」を「生きたくない」に置き換えて

『神の子』 薬丸岳 の感想文とサウジアラビア時間(作品とは無関係です)

不登校児のみつまりですどうもこんばんは、全然投稿しないのに久々の投稿が感想文ですみません。

一応、不登校ブログらしい事を少し書くとするならば・・・

私はこちらのブログで何度も『元不登校』と自己紹介しておりますが、なにぶんもう年齢が30代後半でして、義務教育が終わっちゃったものですから不登校に元と付けるしか無いだけで、今「義務教育を受けろ」と言われても多分私は学校には行かないと思います。

ですので気持ち的には現役の不登校です。

一般的な30代後半女性というと、自分ではなく自分の子どもが学校行く行かないで悩む年齢だと思います。

私には子どもはいませんが、恐らく私は世代的に言うと、このブログを見に来てくださっている貴方のお母さんと同じくらいの年代か、もしくはお子さんが不登校で「うーーん」となっている貴方と同じくらいの年齢です。

来年引退すると宣言された安室奈美恵さんが全盛期だった時代に「アムラー」だった世代です、私はノンアムラーでしたけど。

そんな子どもいない一応仕事はしている30代後半の私は今日一体何をしていたかと言いますと、朝7時位に少し起きて即二度寝して15時に起きてそこから一日中本を読んで過ごしていました。

いやね、今日は平日ですけどたまたま仕事がお休みだったんですよ、休みの日は大体サウジアラビア時間で過ごしてますので現在の体感は大体16時位ですね。

サウジアラビア時間というのは端的に言うと不登校や引きこもりの人なりがちあるあるの「昼夜逆転」の事なのですが、こちらのブログではっていうか私はそれを『サウジアラビア時間で生活している。』と呼んでいます。「サウジアラビア 時差」とかで検索すると意味が分かると思います。

昼夜逆転」ってなんかもう不登校とか引きこもりの問題行動の代名詞みたいになってて凄い悪いことしてるみたいじゃないですか。でも「サウジアラビア時間で生活してるんだな」と思えば、ああ、なんか生活してるんだなってなるでしょ?え?ならない?そうですか、本当に有難うございます。

よく分からない小噺が一段落いたしましたので、以下、感想文です。

 

『神の子』 薬丸岳

「生まれてこなければよかった」

「出会わなければよかった」
ハードカバーの帯にでかでかと書かれていた一文に惹かれて購入。

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生まれてこなければよかった
人はなぜ生まれ死ぬまで生き続けなければならないのか
そのような想いの根源には
「孤独」や「絶望」が潜む。

そして、その対極にある
この世に生まれて良かった
生きていて良かった
その想いを生む源は大抵
「他者との繋がり」「希望」である。

人の心はとても複雑なもので

虐待、欺き、裏切り、暴力、殺人
この様な俯瞰で見れば凄惨な事柄も、事を起こした人間の内側を紐解いて見れば、信頼や他者との繋がりに希望を見出した末に行われる行為である場合も少なくない

孤独と繋がり
信頼と裏切り
絶望と希望
対極に見えるこれらは全て表裏一体
光と影の関係である

孤独の渦中にいる他者に仲間の顔をして近付き、信頼関係を結び、希望を持たせて利用する。

自分を絶望からすくい上げてくれた人の望んでいる事が、他者の破滅であった、だからそれに加担した。

この様に
「影に光を当てて更なる影を作る」
などという事を平然とやってのける人もいれば
その関係性に陥り全てを棒にふる人もいる

ただ、そこから生まれた更なる絶望や不信感を癒すのもまた、人との関わりから生まれる信頼であったり温かさであったりもする。

これはあくまで壮大なフィクションであり
私は勿論この作中の様な経験はした事が無い

なので、こんな事を言うのは自分に酔っているさまを晒す様で気がひけるのだけれど

孤独や絶望、人との繋がりの温かさ
そのどちらにも触れた事のある人なら
この作品には心を動かされるものがあるのではないか

滅多にない事なのだけれど
数年に一度、読みながら思わず泣いてしまう程
揺り動かされる作品に出会う事があり
そんな本に出会った時は本当に嬉しくなる

この作品は、私にとってそんな一冊でした。